”身体にありがとう!”とは?身体をいたわりましょう!という意味ではないんです。
逆に、身体にありがとう・・と言えないタイプを考えた時に典型的な例としては、「あの人のせいで胃が痛い」といった類い。。
でも、あの人は私の胃には何もしていない。。意を痛くしているのは紛れもなく自分。。あの人が私に何かしたとしても、、胃を痛くしているのは自分。。
なのに自分と身体を同一のものとして感じているのでそんなセリフが出てくるんです。
自分と身体とを切り離して感じることが出来ないと”ありがとう”なんて出てこない。
ほぼ誰しもが身体に無理を強いる。。運動でも・・食事でも。。それを否定するつもりはありません。なぜなら、それが力(許容量)になっていくから。
無理に応えてくれて、ありがとう(謝)と感じる・・感謝。
無理がたたってしまい調子を落とす。。すまない(謝)と思う・・感謝。
当たり前だと思ってるところにこそ、感謝すべきがある。。と書くとスピリチュアルに寄りすぎますか。。
では、身体の筋肉で考えてみましょう。身体の筋肉には随意筋(意識的に動かす筋肉)・不随意筋(無意識に働く筋肉)とありますので、過食で考えてみます。
さて・・嬉しさ楽しさに任せて、さぁ~食べる!呑む!
その時。。。もぐもぐごくごく随意筋。。消化吸収不随意筋♪といった関係。
そうすると当たり前になっている消化吸収にこそ感謝がある、といったイメージ。
そして、この不随意筋群に働きかけるのが整体の技術なんです。
なんとなく結論させてますが、まだ”身体にありがとう!”の答えではないんです。
答えはその先!”心と身体は一体”♪
"(-""-)"自分と身体を切り離せだなんだ言ってたぞ!
そうなのですが、”身体にありがとう”の先に「心が変われば身体が変わる。身体が変われば心が変わる」という一体の世界が広がっていくと思うんです。
心身は一体であるけれども、同一ではない。そんな2019年での整体観でした。
たまにしか乗らないタクシーですが、乗った時には必ず尋ねることがあります。
「運転手さん、この車何万キロ乗るんですか?」
大抵返ってくる答えは「40万キロくらい」とか「40万キロは」とか。
これも決まって「へぇー、そんなに行けるの?」と答えると「エンジンオイルだけきちんと交換してたらそんなに壊れないよ」・・とこれもお決まり、地味なのね。
気血の流れを整える”整体”という地味なメンテが、重なります。